近年、相続対策や事業承継の新たな手法として注目されている「家族信託」について。前回は、家族信託の説明の導入として「認知症と成年後見制度」についてお話させていただきました。今回は、いよいよ本題の家族信託(民事信託)についてご説明いたします。
■歴史から見る家族信託
信託と言う概念の発祥は意外と古く、中世のイギリスから始まったと言われています。日本では明治の後半から広がり始め、大正11年に信託法が制定されました。その信託法に基づいて信託契約が行えるのは、信託銀行などの免許を持つ法人などに限られていました。制定から約85年、平成19年の信託法改正により、免許を持たない個人でも信託契約ができるようになりました。このことを「民事信託」と言い、その中でも家族間で行う信託のことを、通称「家族信託」と言います。
■信託における三人の登場人物
家族信託の場面では、三人の人物が登場します。委託者・受託者・受益者の三者です。各々について見ていきます。
①委託者・・・自らが所有する財産を預ける人
図1では、財産を所有している親が委託者となります。親は、自らの財産を信託という契約で信頼できる受託者(この場合は長男)に託すことができます。
②受託者・・・委託者から託された財産を管理・運用する人
図1では、長男が受託者の立場になります。受託者は委託者との信託契約の中で取り決めた内容に従って、親(委託者)の財産管理をしていきます。また、その範囲は財産管理だけに留まらず、契約の際に財産の有効活用や処分まで含めておけば、運用や処分をすることも可能です。
③受益者・・・委託者が指定した人で、託した財産から生じた利益を受取る人
図1では、受益者=委託者:親としています。よって、託した財産が賃貸マンションであれば、その家賃収入は、受益者である親が受取ります。
■家族信託のメリット① ~認知症対策としての信託の活用~
家族信託が広く利用されるようになった理由のひとつが、将来の認知症対策です。もしも認知症になり判断能力を失ってしまったら、全ての法律行為ができなくなり、その財産は凍結されます。ご家族は預貯金を下ろすこともできません。賃貸マンションなら賃貸借契約を結ぶこともできません。ましてや売却などは到底無理な事になります。
しかし、図1のように事前に親と長男が信託契約を結んでおくことで、その契約内容に取り決めた事項であれば、預金を下ろすことも、賃貸借契約を結ぶことも、大規模修繕することも、売却することも、長男単独の判断と手続きですることができます。認知症になった親の介護のために、自宅を売却して施設の入所費用に充てるなど、積極的な財産の管理・運用が可能となるのです。
■家族信託のメリット② ~事業承継としての信託の活用~
財産を引き継がせたい人に引き継がせる方法は、民法の世界では“遺言”を使うしかありません。遺言は、引き継がせる次の世代の指定はできますが、次の次の世代、またその次の世代を指定することはできません。しかし、信託契約を活用すると、受益者が亡くなった時点で信託契約を終了させず、次の受益者を指定しておき、その受託者が亡くなったらまた次の受益者を指定しておくことが可能です。これによって何代にも渡って財産の引継ぎを指定しておくことができます。このことから、家族信託は「後継ぎ遺贈型信託」とか「受益者連続型信託」とも呼ばれています(一定の期間の制限はあります)。
このように家族信託は、会社経営者の事業承継や、先祖代々の土地を受け継いでいくなど、民法では不可能な承継対策が可能になります。
■家族信託の課題と問題点
上記のようにメリットの多い家族信託ですが、課題や問題点もあります。
【家族信託の課題・問題点】
①信頼できる受託者の選定
信頼できる受託者が身近にいるか。また、受託者が将来暴走した場合、その抑止をどうするかなどが課題としてあげられます。
②家族間のトラブル回避
家族信託は、委託者(親)と受託者(長男)の当事者のみの合意で契約できます。他の家族に話さずに信託契約を行使すると、将来相続が発生した場合、その信託契約がトラブルの原因になりかねません。他の相続人の遺留分の侵害にもかかわってくるので、事前に家族間での話し合いが必要です。
③信託契約の実務家が少ない
家族信託(民事信託)を勉強している専門家(弁護士・司法書士・税理士など)は多数いますが、依頼者の相談内容を把握し、依頼者の意向に沿った信託契約を組成したことのある実務家はまだまだ少ないのが現状です。また依頼者の意向に沿うためには、税務・法務という単一分野ではなく、資産の収益性や流動性などをあらゆる角度から分析し、コーディネイトできる存在が不可欠です。
その他、金融機関との調整や後見制度とのかかわりなどの問題もありますが、相続・事業承継において、「家族信託」が今後有効で意味のある対策になる事は間違いありません。
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